旧川上貞奴別荘

完成から80年以上経った今でも変わらない様式美。世界に賞賛された女優の無比なる美意識。

旧川上貞奴別荘について
日本初の女優 川上貞奴

川上貞奴(本名:小山貞)は明治から昭和にかけて活躍した女優です。
19世紀以前の日本の芸能・舞台は男社会でしたが、ふとしたきっかけで貞奴は女性で初めて演劇の舞台に上がることになりました。それから演劇の世界で活躍するようになった彼女は、アメリカやヨーロッパなどの海外興行において、そのエキゾチックな日本舞踊と美貌が評判を呼び、瞬く間に欧米中で空前の人気を得たのです。
そこから「女優」という仕事が認知されたため「日本初の女優」といわれています。

彼女の人生はまるで「映画」のように波乱に満ちたものでしたが、電力王の異名をとった福澤桃介と運命的に出会った貞奴は、その後桃介と紆余曲折を経て幸せに結ばれます。
そんな貞奴がひとりの女性として思うところがあったのでしょう。彼女は晩年、岐阜の各務原に自身の寺「貞照寺」と、その門前に別荘「萬松園」を構えました。

当時の川上貞奴邸

木曽川のダム発電に心血を注いだ桃介との思い出が詰まった鵜沼を愛していた貞奴は、それまでに愛用していた二葉御殿(現:名古屋市東区)を売却するなど、私財をなげうって貞照寺と萬松園を建てたのです。

萬松園は、別荘と呼ぶにはあまりにも大きな規模で、日本中から集められた材料や装飾品が施され、全国から派遣された大工によって建てられました。

貞奴の人並み外れた感性と、それまでの62年間の人生をそのままに投影したこの別荘は、二葉御殿のように事業の接客・商談をするための公的な別荘と異なり、貞奴と桃介のためだけに設計され、貞奴の桃介に対する愛情を素直に投影したものです。純粋な私邸であるがゆえの豪華さと、女性ならではのこだわりに満ちた別荘、それが「萬松園」です。